公開日:2016.11.22
最終更新日時:2017.10.16

発展途上国と日本、どっちが豊か?


先日、会社で「カウンセラープログラム」なる研修を受けてきました。

かなり有名な研修らしく、個人で受けると10万円以上するらしい。

それならせっかくだし役に立ちそうなことはしっかり持って帰ってやろうという意気込みで挑みました。
 

感想をひとことで言うと、
 
 
………だるい。
 
 

「カウンセラープログラム」の内容

ざっくり説明すると、「人の心理を理解することによって、お客さんとの信頼をいち早く構築して満足していただける担当者になろう」というものです。

つまり、

「仲良くなればこっちのもの。ちゃっちゃと懐にもぐり込んで、いいお客さんになってもらおう。」

という研修です。

 
かなり悪意を込めましたが。まぁでもそんなに違ってはないと思います。

 
 

「カウンセラープログラム」の納得いかないところ

人の心を開くためのいろんなテクニックを駆使して「潜在的ニーズ」を引き出し、取引につなげる。

という流れを学んでいくわけですが、そもそも入り口で私はどうしても納得できないのです。

 
 

「潜在的ニーズ」を引き出すことの価値

ニーズというのは、言い換えれば「こうしたい!」「こうなればいいのに!」「こうなったら困る!」という不満や心配なわけです。

それを引き出す、というのはどうなんでしょうか?
 

現状がゼロだとしたら、

潜んでいた(感じていなかった)不満や心配であるニーズが引き出されることによって

まずマイナスになるわけです。

そしてそのニーズを解決することで その人は、またゼロに戻れるのです。
 

めでたしめでたし。
 

…おかしい。

潜んでくれていたんならそのままでよよかったんじゃないか。ゼロからマイナスにされて、お金を払うことによってまたゼロにもどしてもらっているなんておかしくないだろうか。

お金を払っている分を考慮すればむしろマイナスの可能性だってある。
 

発展途上国問題に通ずる

例えば、木の実や動物を狩って食べながら平和に暮らしている人たちが住んでいる発展途上国があったとして

そこに日本人がやってきて

 

「君たちはもっと文明を発達させるべきだ。これを使って服を作りなさい。そうすれば私たちのように豊かに暮らすことができるようになる。」

と声をかける。
 

発展途上国の人たちは

「俺らは十分豊かに暮らしている。なんでそんなことしなくちゃいけないんだ。」

と聞き入れない。
 

それに対して日本人は

「食料だって欲しいときいつも手に入るわけじゃないだろう。働いて私たちからお金をもらえば飢えの心配はなくなるぞ。ここで流行っている病気だって簡単に治せる。」

と心配事を引き出して納得させる。
 

すると発展途上国の人たちは

「むむ……そうかもしれないな。一度働いてみるか。」

と、日本人から仕事を受けてお金を得るという選択をする。
 
 

さて、これで発展途上国の人たちは確かに成果が不安定な狩りをする必要も、簡単に治せる病気に侵されることもなくなるでしょう。

しかし同時に、指示通りに仕事をする義務や、お金がないと病気を治せないという不安が新たに生まれているのです。
 
 

他人に欲しいと“思わされて”手に入れたものばかり

自分が今まで手に入れてきたものの中で、本当に自ら欲しいと思って行動し、手に入れたものはどれだけあるでしょうか。

周りの人やメディアの影響で不満や心配を感じて手に入れてきたものばかりではないでしょうか。

先ほどの例で、発展途上国と日本のどちらが豊かなのかはわかりません。人によるでしょう。

だからこそ、人によって選択できるような社会であるべきなのではないかと思います。
 
 

私は発展途上国側の思考に変わってきたので、日本の田舎で住むという選択をしたわけです。



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