公開日:2017.5.19
最終更新日時:2017.5.19

「健康が目的」はアリか。


「健康でありたい」というのは、誰しもが願うこと。

それを企業もよく知っていて、世の中には健康でいるためのサービスが溢れている。

この「健康」はみんな何のために保とうとしているのか。

「健康」は目的か、手段か。

 
 

健康って何?

ここでは、

不自由なく生活できる「体調を保つ」ために「しなくてはいけないこと」がない状態のこと

としよう。

「しなくてはいけないこと」として、寝る、食べるなどの生理的活動は除く。

例えば、

熱が出て、寝ていないと普段の生活ができないという状態の人は不健康。

血圧が上がるのを抑えるために薬を服用している人は不健康。

 
血圧が高いけど、日常生活に支障はないし、病院には行かないし薬も飲まないという人は健康。

極端な話、ガンを患っているけど、日常生活に支障はないし、病院には行かないし薬も飲まないという人も健康。
 
 

健康を求める理由

人はどんな理由で健康を求めるのか。
 

人生の目標を叶えるため

病院に通わないといけないような不健康な状態では、人生の目標を叶えられないんだ!

という人は、健康を求めるだろう。

これは、手段としての健康。

 

金銭的理由

すでにギリギリの生活で、治療費ばかりか、毎日働いていないと普通の生活すらままならないという、金銭的に問題があるという場合。

この場合の健康は、「飢えない」という目的を果たすための手段と言える。
 

健康オタク

健康が何より大事で、「抱負は健康でいることです!」という人。

これは完全に、目的としての健康。
 
 

「健康が目的」はアリか

人生の目標を叶えるために健康を求めるのは、人生に余裕があり、プラス思考の健康だと言える。

金銭的理由で健康を求めるのは、「そうでなければ困る」という消極的な理由ではあるけども、

「飢えない」という、生物としては正しい目的を目指していて、人生に余裕があるとは言えないが、ナシではない。

このどちらも、手段としての健康。

 
では、健康オタクの、目的としての健康はアリか。

上の例を使うとするならば、「健康のためなら飢えてもいい」ということだろう。

これは明らかに矛盾している。
生物としてもかなり異常な目標だ。

他人から見て、あまり気持ちのいいものではない。

「資格コレクター」みたいなもので、本来手段であるはずのものに執着して、特に何を成し遂げるわけでもない。

そういう印象を受ける。
 
 

健康を目的としない人生を

まずは飢えない生活を。
とは言っても、日本で飢えることなど不可能に近い。

であれば、健康を手段とした目標のある人生を送りたいものだ。


まもる

まもる

1990年生まれ。一家だんらんの時間を最優先した暮らしを求めて夫婦で活動中。
2017年2月に会社を退職し、夫婦で広島へ移住しました。
 農業&空き家改修やってます。
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