公開日:2018.2.14
最終更新日時:2018.2.15

不登校・ひきこもりの子どもを持つ親だって優秀だ


社会で活躍している人の中で、

「昔は不登校でした」

「ひきこもりでした」

という人が増えてきている。
 

この理由は簡単で、

人と違うことに気付いて、それを行動に移せる人がチャンスをつかみやすい世の中になってきたからだ。
 

インターネットで誰でも発信できるようになって、

周りに合わせなくても、何にも所属しなくても

ものづくりができてそれを世間に気付いてもらえる世の中。

起業家しかり

プログラマーしかり

youtuberしかり。
 

つまり、不登校やひきこもりになる人は、

「こんなことしてて何の役に立つんだ?」

「周りに流されてるだけじゃないのか?」

「とにかくこの状況が嫌。」

というように、「当たり前」を疑って、自分の感覚に素直に従う能力があるということ。

そしてその親は、わが子が周りと違うことを悲観せず、その選択に至ったことを認めてあげられたということ。

これは相当な信頼と自信、度胸が必要なことだと思う。
 

子どもを東大に行かせることのできた親も優秀かもしれないけれど、それは周りからも応援されながらの結果なので、

そういう点では不登校やひきこもりの子どもを認めてやる親の方が優秀だ。
 
 

「認めてやる」ってどういうことだ?

認めない、というのは

本人に「お前はダメなやつだ」「親として恥ずかしい」と言い放ったり

無理やり家から出させようとしたり

外で「うちの子はほんとダメで…」と言いふらしたりすることだ。
 

じゃあ「認めてやる」ってのはどうしてやることを言うのだろう。

わが子の選択を頭ごなしに否定しないのは当然だけども、

「お前は大物だ!」

「他のやつとは違う!」

「さすが俺の子だ!」

とむやみに期待をかけるのもきっと違う。
 

ちょっと話はそれるが、最近youtuber養成所なるものができたらしい。

その名の通り、youtuberを育てる塾のようなところなのだが、これに子どもを通わせる親はどうかと思う。

youtuberで人気になるような人は、きっと親のにお金を出してもらったりしなくとも、自分で勝手に調べて試行錯誤して発信している。

間違った期待のかけ方をされる子どもも気の毒だ。
 

話を戻す。

「認めてやる」というのはたぶん、普段からよく話をして、ただただ見守ってやるだけのことだと思う。
 

「あぁ、俺の親はちゃんと自分のことをわかっているな」

と思わせられることを自然にやれる親。

こういう親が今どのぐらいいるんだろうか。
 
 

私は学校にそこまで疑問を感じずに卒業してしまった人間ではあるけども、

銀行をやめて田舎に移住して農業、なんていう選択をしたことに対して
「へぇ!遊びに行こ!」のひとことで済ませられるわが親を見て、改めてその優秀さを感じた、

というお話でした。



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