公開日:2018.2.20
最終更新日時:2018.2.20

【あなたはどっちの味方?】私と妻の第三論争を共有するから意見をくれ


論争1.「洗濯機」

天気予報がはずれて、干していた洗濯物が濡れてしまい、

「最悪…また洗濯しなきゃ…」

と言う妻。

それに対して私は言った。

「いやいや、洗濯は洗濯機がしてる」

と。

まぁこれだけ聞いたらほとんどの人は、なんてひどい旦那なんだ!と思うかもしれない。

妻が激怒したのは言うまでもないが、とりあえず私の言い分を聞いてくれ。

 
 

まず、「洗濯は洗濯機がしている」という日本語は正しい。

この時点で、感情論を抜きにした論争では間違いなく私に軍配が上がる。

 

さて、問題はその感情論だ。

それを踏まえた私の言葉の意図は、

「いやいや、洗濯は洗濯機がしてる(今や洗濯は機械が自動でやってくれるから、あとは干すだけ。楽な時代だよね。)

楽になったはずの洗濯して干すという行為に、そこまで気持ちをブルーにされる精神で良いのか。

「ルンバのフィルター掃除(そんなのあるのか知らないが)が面倒だから掃除が嫌い」

とか言い出す人になりたくないだろう。

 
ということだ。

わかっていただけるだろうか。

 

同じ作業をするのなら、「楽勝楽勝♪」と思ってやれるほうがいいに決まっている。

それを「ひどい」という感情で打ち消してしまうのはいかがなものか。

 
 

論争2.「一家だんらん」

これはなかなか繊細な論争。

まさにこの「一家だんらん」の記事を更新したときに、

「更新したから読んどいてねー!」

とお願いすると、

「え、内容教えて。」

と答える妻。

「いや!読んで!」

と食い下がると

「“一家だんらん”なら、話さずに読ませるなんておかしい!」

と反論してくる。

 

確かに一理ある、と思うかもしれない。
 

しかし、記事を書いている私としてはこう思うのだ。

「小説書いたから読んで!」と言う人に対して、

「え、内容教えて。」

と言えるか?

その内容を伝えたいだけなら話すわい。

そうじゃなくて、記事の「文章」を読んでほしいのよ。

「文章」を読んだあとに、「こう思った」「ここはどういう意味?」という具合に話をすることこそが一家だんらんなんじゃないか!

 
 

論争3.「ありがとう」

私は皿を洗ったときに、妻から「ありがとう」と言われるのが好きじゃない。

それが当然のことだと思っているからだ。

「それを当然だと思わずに、ちゃんと感謝するお嫁さん素敵!」

という人がいるかもしれないが、

私にとっては

風呂で自分の体を洗ったときに、「ありがとう」と言われるぐらいの違和感があるのだ。

いや、洗って当然でしょ。と。

たとえ二人分の食器だったとしても、それをいちいち「自分の分」「妻の分」なんて分けて考えないし。

「当然」のレベルが違う。

 
 
 

さて、どうだろうか。

男脳と女脳で分かれるのだろうか。

ぜひ第三者の意見を聞きたい。
 

※こういう論争はわが家流の一家だんらんですのでご心配なく。

 
 
 

最後に、この記事を公開することを了承した妻に敬意を表する。



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