公開日:2019.1.26
最終更新日時:2019.1.26

正しい「助け合いかた」をわかっていない日本人が多すぎる


特に日本は思いやりがある人が多い、なんて言われている。

確かにそう思う。

落とした財布がそのまま返ってくる国なんてなかなかないだろう。(経験済み)

 

しかし、その思いやりが行き過ぎて逆に生きづらくなってしまっているところもあるのが日本人の悪いところ。

 

相手が明らかに困っている場合の助け合いはすばらしいことだ。

財布が落ちている

お年寄りが重たいものを運んでいる

物を落として盛大に散らばっている

みたいな。

 

だが日本人は、相手がそこまで困っていなさそうでも「助けることはイイコトダ」の精神で手を貸してしまうことがよくある。

それが道で会った見知らぬ人相手なら別にいいのだが、知った人同士でもそれをやってしまうからややこしい事態となる。

 

わかりやすいのが仕事だ。

例えば、仕事がいつも遅い人を、早い人が手伝ってあげるというパターン。

職場的にも「余裕のある人が余裕のない人の手助けをしている!よしよし。(そうあるべきだ)」という考えのもとで、それを容認していることが多い。

 

遅い人も「助かるなぁ、ありがたい。(別にひとりでもできるっちゃできるけど…)」

早い人も「まぁいいってことよ。(周りの目もあるし仕方ねえよな…)」

ってことで済ませてしまう。

 

これは全く良いことだとは言えない。

なぜなら、遅い人が遅いままで見過ごされてしまっているからだ。

 

本来は遅い人を手伝うのではなくて、

早くなる方法を考えて教えるか、遅いことを受け入れて仕事量を減らす

という対処をしなくてはいけない。

それなのに「助けることはイイコトダ」に洗脳されている日本人にそれを主張すると、「手伝ってあげないなんてひどい!」「仕事量を減らすなんておかしい!」とズレた反論されてしまう。

 

息苦しい社会の出来上がり。

 

 

知った人同士でも成り立つ正しい助け合いは、

一過性の失敗からの復旧のとき

今助けたほうが、自分のやろうとしてることをより早く、よりうまく達成できるとき

というパターンぐらいだろう。

 

これ以外の助け合いは、するかどうかは人それぞれで、しない人にとやかく言うのは、思いやりの日本が生んだ悪しき文化と言えよう。



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