現代農業はマジで一回潰れた方がいい
以前にも書いたけれど、はっきり言って農業は稼ぐためにやるもんではない。
本当に農作物の栽培、販売だけで儲けているなんてほとんどない。もしあったとしても、かなり異常なやり方をしているはずだ。
以下の記事を読んで考えさせられた。
抜粋して紹介する。(一部省略あり)
「野菜作りは途轍もなく、途方もなく仕事がある。野菜は手間がかかって、手間がかかって。その手間をかけなければできない野菜。
お父さんはお父さんの仕事。私は私の仕事、全部、最後までやり終える。誰も頼れないから、自分しかなかったから。
だから、頑張った。腕ももげそう。膝も壊れそう。でも、続けるしかない。耐えるしかない。誰がやってくれるの。誰が手伝ってくれるの。誰もいないじゃない。自分がやるしかないのよ」
「今年、南瓜10kg1箱、400円だよ。大根30円。トマトも、胡瓜も、キャベツ、白菜、ジャガイモも何もかもメタメタ安くて、どうするの。カボチャの種なんか高いのよ。種代にもならないんだから。私たちを殺す気?」
「消費者は安い、安いって大喜びかもしれないけれど、こっちは地獄。どうやって生活するのよ。日雇いさん、雇うにも1日1万なんぼ。雇うに雇えないから、自分で身を粉にして働くしかないから。
都会の消費者は、簡単に安心、安全って求めるけど、それに答えるのにどれだけ辛い思いをしなければならないか、知っている?言う割には、求めるだけで、最後に安い方に流れるでしょ」
慢性的な安値維持が続く。それでも我慢して我慢して出荷し続けなければならないのだ。
1日も休みなく働いて、これなんだ。これが日本農業の現状なんだ。
もちろんこれが日本の農業すべてを表しているとは思わない。
野菜が安いのは供給がすでに十分あるということなので、高く売れる作物を育てるべき
手間を省くための勉強・工夫をしているのか
など、疑問に思ってしまう点もある。
しかし、農業には他業種と比べてかなり大きい物理的制限があることは確かだし、抗えない脅威もある。
安定した現金収入を得るには”身を粉にする”必要がある分野と言える。
ここで改めて思う。
収穫した作物を売るだけの農業は事業として行うべきではないと。
上記の記事内でも述べられているが、農業は本来、自給自足という目的のために行われていたことで、大量に、大きさのそろったきれいな作物をつくろうと思えばどこかにしわ寄せが来るのは当然のことだ。
借金して大型機械を導入しなくてはいけない
利益がなくなるほどに人を雇わないといけない
毎年大量の薬を買わないといけない
ほんの一部の人間で、大量に作って売って儲けようと、体を壊すほど頑張ってしまうからいけないのだ。
諦めて一度潰して、日本の辛い農業を終わらせればいい。
日本の米や野菜がなくなったらどうなるか、消費者に分かってもらえばいい。
それで自給自足のために農業を始める人が増えて無理のない農業文化が生まれるか
あっさりと海外の野菜に染まるか
野菜工場が乱立するか
どういう方向へ向かうかはわからないがとにかく、辛い辛いというばかりの農業は何も生まないのは確か。早く終わらせないと。
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