公開日:2021.10.24
最終更新日時:2022.11.25

お金持ちを尊敬する気持ちをおろそかにし過ぎている


(2022.11.25再更新。)

最近は選挙も近いので経済格差の話によくなりますが、その際に「富裕層が富を独占している」「もっと再分配機能を」というような主張が決まって出てきます。実際のところそれが問題なのがどうかはよくわかりませんが、前提として富裕層、つまりお金持ちの人たちに対する考え方を多くの人が改めるべきだと思っています。

 

 

まず間違いなく言えることは、お金持ちの人はそれ相応に多額の税金を支払っているということです。節税という方法は確かに存在しますし、生活への負担感という点では少ないかもしれませんが、それを加味しても平均的な所得の人と比べればはるかに多くの税金を支払っていることに違いはありません。

 

参考ツイート

一般庶民は人を妬む前に、その事実に感謝する必要があるでしょう。気付いていないだけで、納めている税金よりも享受している公共サービスの価値のほうが大きくなる人はかなりの数いるはずです。

 

日本の大人はあまり「たくさん税金を納めている人は偉いんだ」ということを言いません。なんなら逆に「うまく節税してたくさんお金を持っている人は偉い」という雰囲気さえあります。

 

これがいけない。

 

お金持ちはそれだけの報酬を受け取るに値する努力をし、評価され、税金という形で社会貢献しているのだということを社会の共通認識として育てていく必要があるのです。

 

 

一方で富裕層側も、「たくさんお金を持ったのならば、それらを社会に還元するのも役割の一つだ」という意識を持つべきでしょう。

「自分の力で手に入れたものを、なぜ努力もしない人たちのために使わないといけないのか」と思うかもしれません。一理あるかもしれませんが、本当に自分の力で手に入れたものなのかということについてきちんと考えるべきです。

極端な例ですが、親が大地主だったり、医者だったりする人。もちろんいろんなことを勉強する努力も必要になるかもしれませんが、生まれ持った環境の恩恵を受けている側面も大きいでしょう。「その環境があなたをそうさせたのだ」という考え方です。

逆に考えれば、貧困に苦しんでいる人もその環境がそうさせただけで本人にはどうすることもできなかったのかもしれません。

 

そう考えると、「自分の環境が良かった分、環境が悪くて苦労している人のために使ってやろう。これで”おあいこ”だ。」と富を分かち合う気持ちにもなれるでしょう。

 

 

これは人それぞれの問題ではなく、文化の問題なのでそう簡単に変わるものではありません。なので法律という方法でなんとかしようとしているのが現状です。

せめて学校でこの「お金持ちは富を配分するという役割を担っている(その行為でみんなから尊敬される)」「環境の差を埋めていくための再配分である」という考え方を教えていけばもう少し自然に、気持ちよく富を分かち合える社会になると思うのですがいかがでしょうか。



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