公開日:2021.11.15
最終更新日時:2021.11.15

作り手の贅沢のせいで物の値段が高くなる


ちょっと乱暴なタイトルになりましたが、物の値段の決まり方って結構適当ですよね、という話。

 

例えば月10万あれば生きていけるなー という人と、月50万はないとキツイなーという人がいたら、2人が同じ時間をかけて全く同じものを作ったとしても値段は変わってくると思うんですよね。

生活水準が高い人が作ったものは高くなる。

つまり値段はその物の価値ではなく、作り手の生活水準を表しているだけとも言えるわけです。

 

理屈では競争原理が働くと生活水準が高い人が作った高い物は自然淘汰されて安いものだけが生き残るのはずなのですが、実際はあまりそうならない。

なぜなら、そもそもほとんどの人の生活水準が高くなってしまっているから。

 

一億総贅沢病社会なので、作られたものも無駄に高い。

贅沢を知らない国の人たちに大量に作らせていたとしても、贅沢病の人たちが利益を乗せて価格設定するので結局高い。

たまに贅沢できるぐらいの暮らしをするための”フェアな価格”というのは確かに存在するはずなのですが、それがなかなか世に出てきません。

「付加価値」という魔法の言葉で詐欺的な値段をつける。買い手はそのアンフェアな値段に気付かないので当然詐欺にはならない。それが今の日本。

 

携帯会社がいい例ですね。通信料金を安くできるのに規制されるまでやらなかった。みんなが文句言わず買ってくれるから。

同じようなことが他にも山ほどあるんです。だいたい大きい企業であるほど怪しい。 いろんな贅沢が価格に転嫁されている可能性があるからです。

 

こういう考えに基づくと、安さを重視して選ぶというのはやはり大切だと思うのです。 不正による安さを見抜きつつ、きちんと安いものを選ぶ。これが脱資本主義的消費方法です。

 



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