公開日:2021.12.14
最終更新日時:2021.12.14

子どもの教育方法なんて何でもいい


子どもへの教育というものはまさにビッグビジネスで、巷にはあれがいいこれがいいと様々な教育方法、それに伴う書籍や教室が存在しています。

一般的に親というものは子どもへの投資を惜しみません。わが子がよその子に置いて行かれないようにと、良さそうなものはなるべく取り入れようと必死になります。(それが本当に子どものためか、はたまた自分の肯定感を高めるためかはわかりませんが…)

 

見たもの全てを口に入れるような頃から数字やパズルに触れさせる英才教育や、とにかく自然と触れ合わせて感受性を高める教育など様々ですが、個人的には子どもの優秀さと教育方法は関係ないと思っています。

 

具体的に言うと、子どもが成功体験をたくさん積むことができるのであればどんな方法でも良いと考えています。

 

過去記事にも書きましたが、子どもはいかに成功体験をすることができるか(大人がそういう環境をいかに用意してあげられるか)が大切です。

 

早いうちから数字を理解したり、跳び箱ができる運動能力を身につけたりすることは他人より得意なことを身につけるということなので、確かに成功体験を積みやすくなるので子どもにとってはプラスでしょうが、その“教育方法が”特別優れているというわけではないのです。

むしろ徹底した教育方法が「できて当然」と子どもを縛ってしまう可能性だってあるでしょう。得意だと自信を持っていたのに、実は自分より得意な人が世の中にはたくさんいるということを知ったときに子どもたちはどう考えるかを想像しなくてはいけません。

 

 

いつでも子どもの得意なことを見つけてあげたり、うまくできたときにちゃんと褒めてあげたりする大人がそばにいれば、お金を払って他人に預けてまでやらないといけないような教育はないはずです。

しかし残念ながらその「いつでもそばにいてやる」ができない親が大半なようです。それが一番の問題。

 

教育方法を考える前に、もっと長くそばにいられる方法を考えるべきではないでしょうか。



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