公開日:2022.1.18
最終更新日時:2022.1.18

お金を稼ぐこと自体がエンタメ化している


生きていくために稼がないといけないお金って、微々たる額じゃないですか。

極端な話、生活保護がある時点でもはやゼロに近い。

 

それなのにお金を稼ごうとするのは、趣味に近い行為だと考えたほうがしっくり来るんですよね。

現金を集める趣味。

 

オシャレするのが趣味な人と、オシャレに興味が無い人を例にするとわかりやすい。

例えばズボンを単なるツールとして見ると、大人になってから死ぬまでに最低限必要なズボンの本数なんて、1本を数年履き続ければ20本以下で済みますよね。

でもオシャレがしたい人は1年に2本も3本も買ったりするので、合計で100本近く持つことになる。

 

これをオシャレ無関心派が見ると、「単なるツールなのにそんなに集めてどーするの?」と感じてしまう。

現金もそういう立ち位置になってきているのではないでしょうか。

 

ただ現金だけがツールとしてあまりに汎用性があって魅力的なために、それを集めることに熱中してしまう人が多すぎるだけで。

そして、たまたま現金集めの才能があった人は、その行為をゲームのように楽しんでいる。現金が単なるツールかどうかに関係なく。

才能がなかった人は、いつまでもその趣味に囚われて時間と精神力を浪費する。(大半がこちら)

もちろん、別に趣味でも何でもなくビジネスでお金持ちになる人もたくさんいますけどね。

 

 

そろそろお金の本質についてきちんと考えるべき段階に来ているのではないでしょうか。

基本的にお金というのは「貸し借りの記録」のために生まれたものだと思うんです。太郎君に何かしてもらったらそれを記録しておいて、いつか太郎君が困ったときに今度はこちらが助けてあげる。これで貸し借りはチャラ、みたいに。

それが今は、太郎君への”借り”だとしても他の人に返せばOKになって、さらに”貸し”の権利を売り買いし始めたので何だか訳が分からなくなってきているんですよね。全く会ったこともない人からの借りを返さないといけない社会。”貸し”の権利を得るハードルもどんどん上がっている。理論的には問題ないけどかなり冷たい社会。

 

記録することで遠くの全く知らない人が作ったものも簡単に手に入れられるようになったことは素晴らしいことなのかもしれませんが、それなりに生きていくためだけに相当な量の”貸し”をこしらえないといけない社会というのはちょっと行きすぎなような気がしますね。



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